| 一般事情 | |
| 1.面積 | 1,707万km2(日本の45倍、米国の2倍近く) (参考:ソ連: 2,240万km2) |
| 2.人口 | 1億4,550万人(2002年10月国勢調査) (参考:ソ連: 2億8,862万4千人/1990年1月1日) |
| 3.首都 | モスクワ |
| 4.民族構成 | ロシア人が総人口の81.5%と圧倒的多数を占め、残りを多くの少数民族が占める多民族国家 (ロシア人に次ぐのはタタール人で3.8%、次いでウクライナ人2.9%、チュバシ人1.2%等) |
| 5.言語 | 100以上の言語があるが、ロシア語が公用語。 |
| 6.宗教 | ロシア正教がもっとも優勢であるが、多民族国家を反映してイスラム教、仏教、ユダヤ教等多数の宗教が混在。 |
| 7.略史 | ロシア国家の起源は、9世紀にノルマン人の首長リューリックがノヴゴロドに来て、「ルーシの国」を建てたことに始まる.。.13世紀にはモンゴルの支配を受けたが、やがてモスクワ大公国が台頭し、15世紀のイワン雷帝の時にモンゴル支配を克服。 雷帝の死後、動乱時代を経てロマノフ朝成立。ピョートル大帝(1682年即位)の時代にロシア帝国の基礎が築かれる。 この帝国は、1917年2月の革命により崩壊し、代わって同年10月の革命でレーニン率いるボリシェビキがソヴィエト政権を樹立。 その後周辺諸国を加えて1922年にソヴィエト連邦(ソ連)が成立。 このソ連は、共産党の一党支配を基盤とする社会主義国家として60-80年代には米国と覇を競うまでになったが、経済・社会は停滞。 このような状況を打開するべく、80年代後半に登場したゴルバチョフ書記長の指導の下に「ペレストロイカ(建て直し)」政策が進められたが、 国内の混乱を招き、共産党支配が揺らぎ始めた。そして、91年8月の政変を契機として一気に崩壊が始まり、同年12月に解体。 このソ連を引き継いだのは、エリツィン大統領が率いるロシア連邦で、同大統領は民主化と市場経済化のための大胆な改革に着手したが、多くの困難を伴い、結局99年末に任期終了を待たずに辞任した。その後2000年3月の大統領選挙でプーチンが勝利し、同年5月に第二代大統領に 就任した。同大統領は、民主化と市場経済化の路線とともに、混乱した状況を収束させるべく縦の権力体制の構築を進め、政治的安定を達成。また経済の好調と個人的人気もあり、04年3月14日の大統領選挙で70%以上の圧倒的支持率で再選された。 |
| 政治体制・内政 | |
| 1.政体 | 共和制、連邦制(共和国や州等89の構成主体からなる連邦国家) |
| 2.元首 | 大統領(任期4年、2期まで):プーチン、ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ(00年5月就任) |
| 3.議会 | 連邦院(上院)と国家院(下院)の2院からなるロシア連邦議会
連邦院(定数178:連邦構成主体の行政及び立法機関の代表各1名) 国家院(定数450、任期4年:小選挙区と比例代表選挙制により半数ずつ選出) |
| 4.政府 | 首相 フラトコフ、ミハイル・エフィーモヴィチ
外相 ラヴロフ、セルゲイ・ヴィクトロヴィチ |
| 5.内政近況 | ●プーチン大統領は、「強い国家」の建設を政策目標に掲げて、国家権力を強化するべく種々の政策を実 施。
議会勢力、知事等の地方エリート、財閥等エリツィン時代に政権側の政策運営の阻害要因を除去し、政治的安定を達成。
その背景には、70%以上の支持率を維持するプーチン大統領の個人的人気の高さとロシア経済の好調がある。
昨年、ホドルコフスキー「ユコス」社社長逮捕事件に関連し政権内のエリート・グループ間の権力闘争が指摘されるなど流動化の傾向も見られたが、
これも収束させ、その後の昨年12月の国家院(下院)選挙では与党「統一ロシア」党が3分の2(306議席)を確保し圧勝。
04年に入り、2月にカシヤノフ首相を解任し、3月には対外経済・貿易の経験が豊富なフラトコフ前EU大使を首相に任命し、
閣僚を半数近くに減らす大幅な機構改編を断行。更に、プーチン大統領は、3月14日の大統領選挙で70%以上の支持率で再選され、
任期二期目において自らの政策を推し進める政治的基盤を確立した。 ●ロシア連邦から独立を求めるチェチェン共和国の問題は、プーチン大統領にとって内政上の最重要課題の1つ。 同共和国では、これまで2度にわたり大規模な武力衝突を伴う紛争が起こり、現在も小規模ながら同共和国とその周辺地域では武力衝突が 続いている他、02年10月のモスクワでの劇場占拠事件などに象徴されるような、一般市民を巻き込んだテロ行為も続いている。 連邦政府は、状況の打開を図るため、03年3月に住民投票によって同共和国の新憲法(同共和国をロシア連邦内の構成主体と位置づけている)を採択。 右新憲法に基づき、03年10月に同共和国大統領選が行われ、連邦政府が推すカディロフ行政長官が選出され議会選挙実施等を通じて共和国の 新体制作りが進められていたが、5月9日の爆弾テロによってカディロフ大統領が殺害されるなど不安定な状況が続いている。 |
| 外交 | |
| 1.全般 | プーチン大統領は、就任以降積極的な首脳外交を展開して、外交を主導。冷戦後の国際社会の現実とロシアの国力を冷静に認識した上で、米国と張り合うよりむしろ協調を進め、その中でロシアの国益を最大限に確保するという現実的な姿勢が見られる。特に2001年9月の同時多発テロ事件以降、この姿勢は顕著になっている。また、同大統領は、国益重視の観点から経済外交を重視し、世界経済システムへの統合を標榜し、特にWTOへの早期加盟を当面の課題としている。 |
| 2.対米 | 2001年9月の同時多発テロ事件以降、特に対米協調・協力関係が強化。プーチン大統領は、同テロ事件後直ちに国際テロとの闘いへの積極的参加を表明し、米軍の中央アジア駐留、グルジアへの米顧問団派遣を国内の反対を押し切って容認。02年5月の米露首脳会談の際には、「新たな戦略関係に関する共同宣言」を発表し、テロとの闘いにおいて両国が同盟国であることを確認するなど、関係は益々強化された。他方、イラク問題、イランの核開発問題をめぐっては、米と異なる立場をとり、特にイラク問題を巡っては、ロシアは仏独とともに武力行使に強く反対の立場をとったため両国にあつれきが生じた。しかし、その後関係修復の為の努力が行われ、03年6月及び9月の米露首脳会談では、両首脳はイラク問題が米露関係に悪影響を及ぼさなかったことを強調している。今後はイラク復興支援やイランの核開発問題の他、ロシア国内情勢やCIS外交を巡る米露関係が注目される。 |
| 3.対EU | 経済・貿易関係の発展を志向。特に、エネルギー分野では長期的なパートナーシップに合意。最近では、将来の欧州経済との統合を視野に、EUとの関係強化に努力。本年5月のEU拡大については、好意的な立場をとっている。EU拡大に伴って生じるカリーニングラード州(ロシアの飛び地) へのロシア人の出入管理規制の問題が、EUとの間の最大の懸案となっていたが、02年11月のロシア・EUサミットにおいて、当面2004年末まで、陸路での通過の際に簡易トランジット文書(FTD)を導入することで基本的合意がなされ、03年7月1日よりFTDによるリトアニア領の通過が開始された。 |
| 4.対NATO | ロシアはこれまで一貫してNATO拡大に反対との立場を主張してきているが、他方でNATOとの新たな関係を模索。1997年には、NATOとの協議機関 として「常設合同理事会」を設置したが、02年5月には、これに代わって、新たに「NATO・ロシア理事会」設置に合意し、テロとの闘い、大量破壊兵器の不拡散な9つの分野の問題についてNATOの意志決定へのロシアの参加を確保。02年11月のNATO首脳会談での拡大決定に際しては、ロシアは事実上これを黙認。ロシアが主張していたバルト三国とスロベニアの欧州通常戦略条約(CFE)加入については、本年月のNATO・ロシア理事会で、これら諸国が今後CFEに加盟し、それまでは同条約に反する行動をとらないことが確約された。 |
| 5.対アジア諸国 | 中国とは96年に「戦略的パートナーシップ」を標榜して協力関係を拡大。その後プーチン大統領になって、01年7月に「中露善隣友好協力条約」を締結。02年12月にプーチン大統領が訪中し、右「協力条約」をさらに発展させることを唱った「共同声明」を発表。03年5月末の中露首脳会談に おいても同様の「共同宣言」を発表した。北朝鮮との関係では、プーチン大統領は、金正日総書記と2000年から2002年まで毎年会談を持つなど 朝鮮半島情勢への関与を強める姿勢を示しており、北朝鮮の核開発疑惑問題を巡っても、問題の政治的解決に向けて積極的な役割を果たそうとする姿勢を見せている。 |
| 6.対CIS諸国 | CIS諸国との関係は、ロシア外交において特別な地位を占めている。最近の動きとしては、03年4月CIS集団安全保障条約が機構化された他、9月末にはキルギスとの間で同国のカント空軍基地創設に関する協定に調印し、10月末に同基地を開設するなど、CIS諸国との軍事関係が強化 されたことが注目される。 |
| 国防 | |
| 1.ロシア軍 | 連邦軍 約96万人、準軍隊 約41万人(国境軍、約14万人、内務省軍、約15万人など) 戦略任務戦力 戦略ロケット軍 ICBM(SS-18、19、24、25、27) (約14.9万人)735基(3159発)海軍 SSBM(タイフーン、V、W)13隻、 SLBM216基 空軍 戦略爆撃機(TU-95H、160)77機 (558発) 宇宙軍 ABM(SH-08、11)100基、早期警戒 システム(地上レーダー・衛星等) 一般任務戦力 地上軍約32万人 34個師団、戦車約22,000両、 火砲等約21,000門 海軍約15.5万人 総トン数:約194万トン、 主要水上艦艇32隻、潜水艇53隻 空軍約18.5万人 戦闘機(Su-27,MiG-29,31等) 約900機、対地攻撃機 (Su-24,25)約610機、爆撃機 約120機、SAM1,900基 (うち極東ロシア軍) 地上兵力約11万人、艦艇約280隻、作戦機約650機 (資料源:03/04ミリタリーバランス、「日本の防衛」等) |
| 2.国防戦略 | 2000年1月承認の「新国家安全保障概念」では、脅威の源泉として、外国からの脅威より、ロシア社会の分極化、犯罪組織やテロの拡大、民族間関係の緊迫化等を優先して言及。また、同年4月承認の「新軍事ドクトリン」では、分離主義、テロ、民族分離主義と国際テロリズムの連動の脅威を強調。核兵器に関しては、危機的な状況下での大規模侵略への対応として核兵器使用権利を留保するとの表現が新たに追加された。 02年10月に発生したチェチェン武装勢力による劇場占拠事件に対応して、プーチン大統領は、テロリストによる大量破壊兵器使用の脅威に対応するべく、国家安全保障概念の見直しや対テロ「軍運用計画」策定を政府に指示。また、2002年11月に国防省高級幹部会議で演説した プーチン大統領はロシア軍の最大の任務が現在、テロリズムとの闘いにあることを指摘。昨年10月2日、ロシア国防省は「ロシア連邦軍発展に係る焦眉の課題」と題する文書を公表したが、同文書は今後の軍発展の方向性を示しており、今後安保概念の見直しなどに際して議論のベースとなるものと見られる。 |
| 3.軍改革 | 97年8月に定めた軍改革の基本概念をもとに「コンパクトで機動性のある軍」を目指し、定員の削減 (2006年1月1日以降の定員は100万人)、 軍の再編成(8軍管区から6軍管区、4軍種から3軍種体制)、軍人の一定の処遇改善及び契約軍人制への移行等が行われている。また、プーチン大統領は、昨年5月16日の年次教書演説で、2007年までの契約軍人制への移行完了と兵役期間を2008年から1年に短縮する方針を表明。 |
| 経済 | |
| 1.主要産業 | 鉱業(石油、天然ガス、石炭、鉄鉱石、金、ダイヤモンド等)、鉄鋼業、機械工業、化学工業、繊維工業 |
| 2.GDP | 4,517億米ドル(2003年:ロシア統計国家委データを基に同年平均のルーブルレートで換算)
1人当たり:3,157米ドル( 〃 ) |
| 3.経済成長率 | +1.4%(97年) ▲5.3%(98年) +6.4%(99年) +10.0%(00年) +5.0%(01年) +4.7%(02年) +7.3%(03年) |
| 4.貿易(02年) | 輸出:1,359億米ドル(石油、天然ガス、鉄、非鉄金属、機械設備等)(ロシア中央銀行) 輸入:754億米ドル(機械設備、食料品、農産物等)(ロシア国家統計委)相手国:上位から独、 ベラルーシ、ウクライナ、中国、伊、オランダ、米の順。日本は16位。 |
| 5.通貨/為替レート | ルーブル (1ルーブル=100カペイカ) 28.97ルーブル/米ドル(4/24時点)、34.52ルーブル/Euro(4/24時点) |
| 6.経済状況 | ●ソ連解体後、92年1月から市場経済に向けた急進的な経済改革が開始されたが、ハイパー・インフレに見舞われるなど多くの問題が生じ、生産も大きく落ち込んだ。その後、97年に至って回復の兆しが見られたものの、98年8月には金融危機が発生し、経済は大きな打撃を受けた。 ●しかし、99年には国際石油価格が高騰したことやルーブル切り下げ効果により輸入代替産業が復調したこと等を背景に経済は成長に転じ、2000年には10%と近年にない高い成長を記録。2001年以降も成長のテンポこそ少し落ちたものの、概ね経済の好調が続いており、昨年は7.3%と再び高い成長を記録。 なお、プーチン大統領は昨年5月の年次教書演説の中で今後10年間に国内総生産を倍増する目標を表明した。 ●現在のロシア経済の最重要課題は、エネルギー資源に大きく依存した現在の経済構造の抜本的改革。プーチン大統領は就任以降、土地法や労働法等々改革に必要な一連の法律等を着々と整備しているが、今のところそれらの実施は充分ではない。 今後それらの法律等がどのように実施され、機能するかという点が重要。 |
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